天国までの百マイル
浅田次郎は、「地下鉄に乗って」、「鉄道員」などで知られている作家だ。
この小説は、「城所安男」という4人兄弟の末っ子で、
不動産会社をバブルの崩壊とともにつぶした40男の物語だ。
彼は、高校時代の友人の社長「中西」の会社で、ほとんど厄介者のようになって働いている。
そして、離縁された妻、「英子」に毎月手取り30万円全額を、子供の生活費として送っている。
自分のお金はゼロ。だから、ホステスの「マリ」の安アパートで食わせてもらっているのである。
この男の母親が、心臓病でほとんど死にそうになることからこの話は展開していく。
入院中の病院では、母親の病状を好転させる難しい手術はできない。
延命しかできない。
しかし、千葉の港町にある「サン・マルコ」病院には、
異端児でありながらゴッドハンドを持ったアメリカ帰りの医者、曽我がいる。
安男は、サン・マルコ病院に、
自分だけの意志と力で瀕死の母親を運び、
ゴッドハンドを持った曽我医師にすべてを託そうとする。
母親を簡単に見放した兄弟の力を借りないでだ。
物語は、
手術の執刀を避けようとしている外科医の春山教授、
気が小さい担当内科医の藤本医師、
母親への愛情など無くしてしまった兄弟、特に医者の次兄、
そしてゴッドハンドをもった心臓外科の異端児、曽我医師。
話は、
これらの医者や、周りの看護師達の、動き方、そして心の奥底を
垣間見せながら、展開していく。
さて、
執刀の前夜、台風前夜の海の前の家で、
曽我医師が安男に話す場面がある。
そこを紹介させてください。
************
俺は医者が嫌いだ。(中略)あいつら欲のかたまりだよ。患者を薬漬けにして、金儲けをしてる。
(中略)金が欲しけりゃ商売をやりゃいい。俺は何も欲しくない。
そんなヒマがあったら、人の命を助けたいよ。
いつかは消えて無くなる命だって、一分でも一秒でも引き延ばしてやりたい。
ありがとうなんて言うなよ。俺はそう言われるのが好きじゃないんだ。
(中略)病気や怪我に打ち克って生きるのは、人間の権利。
それを支えるのは医者の権利だ。
(中略)好きでやってるんだから、権利だよ。
(中略)
オペの前は怖くて仕方がない。夜も寝られないぐらいだよ。
(中略)好きで切るのは確かだが、喜んで切るわけじゃないんだ。
義務だとは思いたくない。俺は人の命を救う医者だからな。
************
涙が出るほど、素敵でした。こんな医者ばかりだったら、素晴らしいな。
でも現実には、そんな医者なんて決して多くはない?
楽をして金儲けをしようとしている医者が多い。
実際、日本の医療はそんな風に思われている。
でも、僕は実はそうじゃないと思う。
どんな医者も、どんな欲望の固まりのような医者でも
曽我医師のような一面を持っているんじゃないかと・・・。
困っている人を助けたい。病気を治して、喜んでもらいたい。
そう思わない医者などいないのではないかと。
でも、医療の仕組みがそれを許していない。
そんな事をやっていたら、医者として出世できない。
この小説の藤本医師の葛藤もそうだった。
だから、医者のそんな崇高な本質を引き出せるような、
仕組みが必要だと、僕は思うのです。
でも、現実は逆の方向に進んでいる。
近年は、外科になりたいという医者が減っているという。
地方に行きたくない医者がほとんどだとも言う。
なんとかしたい。そう思います。
それから、もうひとつ。
曽我医師のような心を持ち、行動する医者が増えるためには、
患者も、安男やその老母のような心と勇気をもっていなければならない。
曽我医師の勇気は、
安男のように、人間の弱さを抱えながらも、
人生から逃げない、そんな患者に支えられているのだと思う。
だから、神のようなやりがいが生まれる。
この小説は、どうでしょうか?
そして、この私の考えは甘いでしょうか?
是非、医療の最前線で働いている医師の方々の、
意見を聞きたいです。
もちろん、患者または患者の家族の立場になって
読者の方のご意見も聞きたいです。
最後に・・・。
100マイルというのは、東京からサン・マルコ病院までの距離ではなかった。
実は、安男は、母親を始め、離縁した妻や子供、高利貸し屋、途中であったドライブインの運転手、
そして愛情深き女マリなど、数多くの人に支えられて、曽我医師の執刀までこぎつけることができた。
それを含めての「100マイル」だったのです。
ボクは、最初、「100マイル」とは、病院までの距離だと思っていた。
なんて浅はかなんだろう。人生や物事とは、そんなシンプルなものではない。
いろいろな力が、重なって実現するものなんだ。
そんな事を、私の心の奥に刻み込んでくれた本です。
浅田さん、この小説を、ありがとうございました。



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